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バシー海峡戦没者を祀る潮音寺と慰霊祭

By 2019-04-02 No Comments

バシー海峡の悲劇

台湾とフィリピンの間に横たわるバシー海峡。美しい青藍の大海原が広がっているが、ここがかつて悲劇の現場だったことはあまり知られていない。

先の大戦末期、日本の絶対国防圏が崩れて戦局が極めて厳しかった頃、日本軍大本営は形勢を挽回すべく、あらゆる戦力をフィリピンの戦いに集中させようと企図した。そのため、バシー海峡は日本にとって南方方面へ兵を増員したり、物資を輸送したりする上で重要な海上航路となった。しかし、アメリカはここに多数の潜水艦を配置して迎え撃つ「群狼作戦」を展開し、航行する数多の日本の軍艦や輸送船は魚雷攻撃によって次から次へと撃沈された。バシー海峡が「輸送船の墓場」と称された所以である。犠牲者数は少なく見積もっても10万人以上、最大で26万人という推計もあるが、未だ正確な数は不明で、公的な記録は存在しない。

バシー海峡戦没者を祀る潮音寺

台湾最南端の猫鼻頭には2階建の白亜のお堂がバシー海峡を見つめるように建っている。1981年8月、故・中嶋秀次氏によって建立されたバシー海峡の戦没者を祀る潮音寺である。中嶋氏は1944(昭和19)年8月19日にバシー海峡で撃沈された玉津丸に乗船しており、12日間の海上漂流の末、奇跡的に生還を果たした人物である。救出された後は高雄の陸軍病院で治療され、九死に一生を得た。戦後、戦友を鎮魂する場をつくりたいという思いを抱き続けていた中嶋氏は、何度も台湾を訪れ、バシー海峡を望むことができるこの場所に潮音寺の建立を決めた。

建立にあたって、中嶋氏は多くの私財を投じ、また全国各地からも浄財が寄せられた。さらに中嶋氏が生業としていた旅行業を通じて知り合った多くの台湾人も、中嶋氏の「仲間を慰霊したい」という思いに共鳴し、物心両面での協力を惜しまなかった。

中嶋氏の遺志を引き継ぐ鍾佐栄さん

潮音寺の建立にあたり多くの台湾人の支えがあったが、現在の潮音寺地権者で、高雄でバス会社と土産物店を営む鍾佐栄さんもまたその一人である。1976年に旅行会社の関係者の紹介で初めて中嶋氏と出会った鍾さんは、当時、バシー海峡の悲劇については何も知らなかった。しかし、その日、中嶋氏から直接、話を聞き、「戦友を慰霊する場所をつくりたい」という訴えに感銘した鍾さんは、中嶋氏の力になることを決意したという。そして、夫の呉昭平さんとともに中嶋氏を連れてバシー海峡を見渡すことのできる現在の立地場所を一緒に探した。

潮音寺は建立後も様々な問題に直面してきた。中嶋氏と契りを交わした地権者が亡くなり、土地や建物の所有権をめぐって存続が危ぶまれたこともあった。そういった危機的状況においても、鍾さんは時には私財を投げ打ち、時には裁判を戦って中嶋氏を安心させるよう潮音寺を守り続けてきた。

現在は自ら地権者となり、老朽化した建物を改修するなどして今日に至るまで中嶋氏の遺志を引き継いでいる。また誰も訪問しないと御霊が「かわいそう」だからと、片道3時間以上かけて度々、潮音寺に足を運び慰霊を続けている。今後の潮音寺について、「ずっと守っていくことは間違いない」と力強く語る鍾さんは、自分の後は息子の呉凌輝さんにバトンを繋いでいきたいと考えている。

民間有志によって続けられるバシー海峡戦没者慰霊祭

戦後70周年にあたる2015年8月2日、潮音寺でバシー海峡戦没者慰霊祭が斎行された。慰霊祭は台湾でコンサルタント会社を経営する渡邊崇之さんが実行委員長を務める民間有志の実行委員会が主催した。当日はご遺族を中心に約200名が参列し、台湾における日本の窓口機関である公益財団法人交流協会(現・日本台湾交流協会)の沼田幹夫代表が弔辞を述べた。以来、毎年11月には実行委員会によって潮音寺での慰霊祭が継続して行われている。なお、第5回目となる今年の慰霊祭は11月17日に斎行を予定している。

戦後70年以上が経過した。バシー海峡の悲劇を繰り返さないため、この歴史を忘却しないことが今を生きる者の責任だろう。同時に、台湾の人々によって潮音寺が守られている事実を日本人として今一度、よく考えたい。

バシー海峡戦没者慰霊祭ホームページ:http://bashi-channel.com

バシー海峡戦没者慰霊祭Facebookページ:

https://www.facebook.com/bashichannel/


作者:権田猛資(ごんだたけし)
権田猛資(ごんだたけし)1990年生まれ。拓殖大学国際学部卒業。大学卒業後、中山大学華語教学中心(高雄)での語学留学を経て国立政治大学東亜研究所修士課程に進学。2015年のバシー海峡戦没者慰霊祭で運営ボランティアスタッフを務め、2016年より同慰霊祭実行委員。また2016年より廣枝音右衛門氏慰霊祭事務局スタッフ。

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